新たな境地を開拓したストライカー、マンジュキッチ選手とは?

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■ドイツの名門のストライカーからマルチプレイヤーへ

昨シーズン、その強固な守備力を武器に、悲願のチャンピオンズリーグ(以下:CL)制覇に向けて決勝戦まで駒を進めたイタリアの絶対王者ユベントス。決勝戦では残念ながらレアル・マドリードの攻撃力に屈したものの、大ベテランのブッフォン選手をはじめ、今シーズンのリベンジに期す思いは強いでしょう。

そんなチャンピオンズリーグの決勝で見事なボレーシュートを決めたのが、クロアチア代表のストライカー、マンジュキッチ選手でした。エースストライカーのイグアイン選手が封殺された中で得点を奪っただけでなく、左サイドを主戦場に攻守両面にわたって仕事をこなしたマンジュキッチ選手の評価は高く指揮官のアッレグリ監督もそのプレイスタイルを評価しています。

これまでのマンジュキッチ選手はクラシカルなストライカーとしてのイメージ(現在のレヴァンドフスキ選手のような)が強かったのですが、ユベントスでコンバートされてから新たなプレースタイルを開発できるのはやはりそのサッカーセンスのたまものでしょう。

今回はそんなマンジュキッチ選手について、その経歴やプレースタイル、市場価値やプライベートまで注目し、ご紹介していきたいと思います。

■マンジュキッチ選手のプロフィール

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本名:マリオ・マンジュキッチ

国籍:クロアチア

生年月日:1986年5月21日(31歳)

身長/体重:186㎝/74㎏

利き足:右足

ポジション:FW

在籍チーム:ユベントス

背番号:17

チーム歴:マルソニア(クロアチア)→NKザグレブ(クロアチア)→ディナモ・ザグレブ(クロアチア)→ヴォルフスブルク(ドイツ)→バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)→アトレティコ・マドリード(スペイン)→ユベントス

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代表歴:クロアチアU-21代表、クロアチア代表

■マンジュキッチ選手の経歴

・クロアチアリーグ得点王からドイツへ

マンジュキッチ選手は幼少期にドイツでサッカーに出会いクロアチア国内に戻ってからもサッカーを続け、マルソニアというクラブでプロデビューを果たします。

その後2005年にNKザグレブでクロアチアトップリーグにデビューし2006-2007シーズンには11ゴールを記録。翌2007-2008シーズンからは国内の強豪、ディナモ・ザグレブに移籍を果たします。

移籍初年度から12ゴール、11アシストという素晴らしい記録を残した翌シーズンは16ゴールでクロアチアリーグ得点王に輝くという活躍ぶりを見せ、ヨーロッパの強豪クラブから注目を集める存在になり、2010年にドイツのヴォルフスブルクに移籍が決まります。

ヴォルフスブルクでは現日本代表のキャプテンを務める長谷部選手と一緒にプレーし、シーズン12ゴールとブンデスリーガでも好成績をマークし、代表での活躍も併せついにドイツの名門、バイエルン・ミュンヘンへの移籍を果たすこととなりました。

当時のバイエルンには現在ヴォルフスブルクでプレーするマリオ・ゴメス選手という絶対的なストライカーがおり、活躍は疑問視されていたマンジュキッチ選手でしたが、ゴメス選手の負傷と重なり出場機会を獲得すると、シーズン15ゴールを記録。

この年のリーグ、カップ戦、そしてチャンピオンズリーグの3冠獲得に大きく貢献しブンデスリーガを代表するストライカーとして価値を一気に高め、2度のクロアチア最優秀賞選手賞に輝くなどくにを代表するプレイヤーとなり、翌2013-2014シーズンにはキャリアハイとなる18ゴールを記録しました。思えばこの時期が純粋なストライカーとして最もブレイクした時期に当たると言ってもいいでしょう。

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しかし当時監督を務めていたグアルディオラ監督との確執が囁かれ出場機会を徐々に失っていったマンジュキッチ選手は、後釜となる同タイプのストライカー、レヴァンドフスキ選手の獲得も相まって2014シーズンからスペインのアトレティコ・マドリードに移籍することが決定。

プレーの場所をスペインの強豪に移しました

・アトレティコ・マドリ―からユベントスへ

アトレティコに移籍した後もシーズンを通して21ゴール(カップ戦なども含む)を記録して、その高い得点能力を披露したマンジュキッチ選手は次のプレーの場所をイタリアに移します。移籍したのは強豪ユベントス。

スペイン代表のモラタ選手などとプレーしたマンジュキッチ選手はそこそこの活躍をしましたが、本当に評価されたのは昨シーズン。

サイドに主戦場を置いたマンジュキッチ選手は得点能力以外の守備やチャンスメイクの部分で健闘し、アッレグリ監督の信頼を獲得。

2020年まで今年契約を更新しています。

■マンジュキッチ選手のプレースタイル

・ストライカーとしての資質

マンジュキッチ選手は代表、そしてバイエルンを始めとする強豪で点取り屋として活躍してきた選手です。

フィジカルを活かした1対1や空中戦の強さでヘディングやクロスにピンポイントで合わせる得点パターンを得意としています。

また、ターゲットとしても秀逸であいてを背負った状態でボールを収め周りの味方選手を活かすポストプレーも非常にうまいです。
ですので足下の技術も高く、ゴール数だけでなくアシスト数が多いのもマンジュキッチ選手の大きな特徴と言ってもいいと思います。

・サイドプレーヤーとしての資質

基本的には前述したストライカーとしてのスペシャリティを軸にしつつ、絶対的なストライカー、イグアイン選手を獲得した後のユーベにおいては左サイドを主戦場とする機会が増えたマンジュキッチ選手。

足元の技術を活かしたチャンスメイクや、サイドからも積極的に中央に顔を出し、ゴールを奪います。

イグアイン選手が徹底的にマークされ、チャンスのなかったCL決勝戦でも自らがゴール前にポジショニングし、素晴らしいオーバーヘッドでのゴールを決めています。

ユーベにおいてはそのコンバートがフィットしており、アッレグリ監督はそのフィジカルを活かした強烈なタックルと献身的な守備力を特に高く評価しており、アレックス・サンドロ選手との強力なサイドに満足している様子です。

特にCLの準々決勝のバルセロナ戦では前線~中盤のプレスでバルセロナのパスコースを封殺。2試合を通して無失点という素晴らしい結果に大きく貢献しました。

クラブはマンジュキッチ選手のプレーを「相手に最後まで1インチの隙も与えないプレイヤー」とたたえています。

特にチャンピオンズリーグなどで攻守両面に中盤の選手のように貢献するマンジュキッチ選手のプレーを見て、昔からのストライカーのイメージがガラッと変わったというサッカーファンの方も多いのではないでしょうか。

■マンジュキッチ選手の市場価値

2014年のバイエルン・ミュンヘンに所属していた時代に発表されたおおよその市場価値は2400万ユーロ(日本円で約31億円)といわれており、ヴォルフスブルクで大爆発した後のバイエルンへ移籍した時代の市場価値がいかに高いのかが数字をみてもわかります。

■マンジュキッチ選手のプライベート

クロアチア代表のエースストライカーとしてプレーするマンジュキッチ選手のプライベートとはいったいどのようなモノなのでしょうか。

マンジュキッチのプライベートについて彼女等の存在は情報として出ておらず謎のままですが、その性格を示す逸話はいくつかあります。

クロアチアでプレーした時代から非常にカードを出されることが多く、比較的試合では熱くなることが多かったようで、ザグレブではチーム初の10万ユーロの罰金を科せられたことがあります。またユース時代には当時「寒かった」という理由で車に放火し、少年院に入ったという逸話もあり、破天荒ぶりがうかがえます。

■マンジュキッチ選手の最新情報

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ユベントスとの契約を2020年まで延長し、サイドのポジション、そして守備的な役目と新たな境地に突入したマンジュキッチ選手。

見据えるのは昨シーズン、決勝で華麗なオーバーヘッドを決めながら完敗したCL決勝へのリベンジでしょう。

今シーズンはドウグラス・コスタ選手やマテュイディ選手など、相変わらず的確な補強を実施し戦力の向上に成功したユベントス。

10番を背負ったディバラ選手が4試合で8ゴールと異次元の活躍を見せる中、マンジュキッチ選手も4試合すべてに先発出場し1ゴール。
今シーズンもチーム内の重要な役割を担う存在として活躍が期待されます。

また代表においてもクロアチアはグループ首位に立つ状態。2位のアイスランドと勝ち点は並んでいる状態で予断は許されませんが、ぜひロシアの舞台でFWとしてのマンジュキッチ選手を見たいものです。

ベテランの領域に入ったマンジュキッチ選手。その活躍に今後も目が離せませんね。

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